NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2018, No.45

2018年10月1日
世界を視野に、大田区4200社のものづくり

切削、穴開け、曲げ、溶接、プレス、研磨、めっき、組立、設計──各産業界から求められるどんなものづくりにも誠実に応え、名だたる大手企業をはじめ日本の製造業を縁の下から支えてきたのが、ものづくり企業4200社が集積する東京都大田区だ。一社一社がそれぞれ持つ技術や知見は大きく異なるが、4200社が有機的につながったものづくりの生態系(エコシステム)を形成する。エコシステムとしての多様性と高い技術力を持った大田区の製造業は、現代のグローバル化するものづくり時代にあってこそ活躍の場を広げつつある。その中から、果敢に世界との勝負に出た大田区企業2社の姿に迫った。

「自ら限界の壁を作らない」

株式会社弘機商会 代表取締役社長 高原 隆一

株式会社弘機商会 代表取締役社長 高原 隆一

株式会社弘機商会 代表取締役社長 高原 隆一

私たちの身近にある鋏や、まつげを挟んで上向きに反らせる化粧道具、アイラッシュカーラーの支点にある金属の芯。「世間一般にはあまり知られていませんが、これは全て“カシメ”や“リベット”と呼ばれる技術が使われています」。日本に3社ほどしかない自動カシメ機メーカーのひとつ、弘機商会(大田区蒲田)の高原隆一社長(45)は説明する。もしこれがネジだと、鋏を動かしているうちにネジが緩み、鋏がばらばらになってしまうだろう。鉄板の縁をタガネで打って地の部分と密着させるカシメなら、半永遠的に緩むことはない。今では日用品のほか、家電や医療機器、航空機、自動車のドアの蝶番など、可動性とともに耐久性をも求められる部分には欠かせない技術となっている。

カシメによって先端が反り返った金具(左)

カシメによって先端が反り返った金具(左)

弘機商会は創業81年。カシメはハンマーで手打ちしていた室町時代からある古い技術だが、弘機商会が1951年に日本で最初に機械化を実現。2006年には、サーボモーターで回転しながら加圧を繰り返すカシメ機「スピンリベッター」(サーボ式リベッティングマシン)を開発し、専用工具のポンチ設計製造では大田区の「工匠100人」にも選ばれた。プレスカシメ機の7分の1という小さな力で鉄板を押しつぶせるため、デリケートな製品や精度を求められる作業にも適している。小さなモーターや電子部品、半導体向けでも引き合いが多く、生産が間に合わないほどになっている。



カシメ機をアジアに輸出

サーボ式のカシメ機「スピンリベッター」

サーボ式のカシメ機「スピンリベッター」

蒲田の自社工場で10人余りの熟練技術者たちがカシメ機の設計から製造までを手掛けているが、「10年ほど前から、販売したカシメ機の半数以上が間接的に中国やタイなどにある日系自動車部品メーカーなどの海外工場に輸出されるようになっていました。そこで自社で海外での取引を本格化させたいと考え、7年ほど前から中国やタイに販売代理店やメンテナンスのサービス拠点を設けるようになりました」。

海外販路開拓の足がかりとしたのが、大田区の産業の支援を行う公益財団法人大田区産業振興協会だ。海外事情に精通しているコーディネーターらに相談をし、中国・上海やタイ・バンコクなどでの商談会に高原社長自らがフットワーク軽く参加。「目立った成果がない空振りの出張もあったが、くじけずに何度も足を運ぶうちに信頼できる代理店パートナーとの運命的な出会いもありました」。現在は上海と大連、広州、バンコク、インドネシア、ベトナム、マレーシアなどアジア各地に代理店を設けた。バンコクではカシメ機のデモ機も設置している。

革と金属など、異なる素材も簡単に締結させる

革と金属など、異なる素材も簡単に締結させる

高原社長は「日本の新車市場は年間500万台前後で頭打ちになっていますが、中国は3,000万台に迫ろうとする世界最大の有望市場。電気自動車(EV)など次世代車でも、金属と樹脂製品などをカシメで締結する需要があり、私たちが活躍する場面は増えそう」と期待する。アジアでは日系企業だけでなく、現地に生産拠点を持つ外資系や地場系メーカーにもカシメ機を売り込んでいきたいという。

「小さな町工場として自ら限界の壁を作ってしまっていたら、海外販路開拓はできなかった。今後はさらに海外展開を加速させ、将来的には現在の2倍、3倍の会社規模に拡大していけたら」と意気込んだ。


<企業プロフィール>

会社名:株式会社弘機商会
本社所在地:東京都大田区蒲田1-24-6
創立:1937年5月
事業内容:リベッティングマシンの製造販売





「自動化で中国に勝つ」

株式会社ヤシマ 代表取締役社長 箕浦 裕

株式会社ヤシマ 代表取締役社長 箕浦 裕

株式会社ヤシマ 代表取締役社長 箕浦 裕

「ガタンと生産量が落ち、大変な目に遭いました」と、リーマン・ショックがあった2007年前後を振り返るのは、プラスティックやゴム製品の加工メーカー、ヤシマ(大田区西六郷)の箕浦裕社長(70)だ。

かつては携帯電話に搭載される薄型電池向け絶縁部品を受託生産していた。従業員100人が3交代制で射出成形機をフル稼働させるほどの多忙さだったが、米アップルの「iPhone(アイフォーン)」などスマートフォンの席巻で日本や欧米の携帯電話ブランドの存在感が薄れてくるとともに、中国への生産の移管が進むと、ヤシマの受注量が激減。従業員も十数人まで減った。

だが、これがヤシマの起死回生の転換点となった。唯一受注が残っていた自動車バッテリー用のバルブ、液口栓の生産拡大に注力した。液口栓はバッテリー内部のガスを排出し、爆発を防ぐ最重要保安部品で、防爆栓とも呼ばれる。日本の大手電池メーカーは液口栓を単価が安い中国から調達していたが、「中国と同じ値段で作ることができればヤシマからの調達に切り替えてもいい」とメーカー側から提案されたという。

当時、中国の工場ワーカーの賃金は日本の20分の1ほど。従来の手作業の工程ではどう工夫しても中国製と勝負にはならない。「ヤシマの生き残りを懸けて自動化するしかない」と、箕浦社長自らが3年間余りを無給にし、蓄えを全て使い切ってまで、誰もやったことがない液口栓向けの自動化機械の開発に取り組んだ。

ヤシマ製の液口栓が使われたカーバッテリー

ヤシマ製の液口栓が使われたカーバッテリー

カーバッテリー用の液口栓

カーバッテリー用の液口栓

大田区製造業の職人的開発力

全自動化された製造ラインから次々に液口栓の部品が流れてくる

全自動化された製造ラインから次々に液口栓の部品が流れてくる

幸いしたのは、ヤシマがありとあらゆる技術を持ったものづくり企業が集積している大田区にあったことだ。町工場の職人気質の技術者たちは、一人一人がそれぞれの分野での確かな専門技術とともに、「誰よりいいものを作りたい」という強い気概を持つ。「この技術だったらあいつに聞けば分かる」という顔が見えるつながりがあった。

液口栓の完成までには、樹脂成形やゴムパッキン、フィルターの製造のほか、自動車の振動でバッテリー液が外に飛散するのを防止する防沫板の加工など多くの難しい工程がある。最後は不良品がないか検査もしなければならない。大田区のさまざまな技術者たちの協力を得ながら試行錯誤を繰り返して段階的に自動化を進めた。10年後、全ての工程の自動化を実現した。

検査工程もセンサーで自動化されている

検査工程もセンサーで自動化されている

今では、ヤシマの工場は24時間休まず動き、液口栓を毎月600万個も作る。国内全ての電池メーカーに納め、国内シェアは5割以上だ。「中国に品質の面でも価格の面でも完全に勝っています。むしろ中国では年々賃金が上がっているため、中国よりさらに安く良いものができるようになっているほどです」と箕浦社長。不良品は1億個に1個あるかないかだという。

ヤシマは2013年、タイ東部チョンブリ県に工場を設けた。一部自動化で低コスト生産を実現した液口栓を毎月200万個作り、タイやインドネシアの顧客向けに納品している。

「ものづくりのグローバル化が進む中、自動化は大田区の製造業が生き残っていくための大きな武器になる。そこには日本ならではの熟練技術が凝縮されており、世界とも闘える。中小企業だからこそ知恵を絞っていきたい」。箕浦社長は熱く語った。



<企業プロフィール>

会社名:株式会社ヤシマ
本社所在地:東京都大田区西六郷4-28-15
設立:1934年4月
事業内容:自動車用バッテリーの液口栓(防爆栓)の製造販売
(2018年7月取材)



ミクロン単位の加工から EV、ロケットまで ── 大田区産業振興協会

日本の製造業をリードしてきたと言ってもいい大田区のものづくり。「東京都内である大田区は地価などが高く、ものづくりの操業コストは比較的高い。にもかかわらず、4,200社の製造業が活躍できているのには、付加価値の高い技術力が背景の一つ」と、大田区産業振興協会のものづくり連携コーディネーターは指摘する。大手企業が求める厳格なものづくりにずっと応えてきたため、家電から自動車、航空宇宙、医療分野などの高度技術分野でも世界が驚くほど、高品質で精巧な部品を作り出すDNAがある。

小ロットの試作品のように、何らかのものづくりを実現したい発注者は、まず窓口である大田区産業振興協会に相談する。4,200社それぞれの社長や技術者らの顔だけでなく、工場の導入設備や手持ちの受注状況などを知っているコーディネーターらが、そのような加工はどの工場が最適かを判断して打診する。大田区では「仲間まわし」と呼ばれる、専門技術を区内企業が相互に活用して分業で製品を完成させるものづくりの高度な連携体制が機能しており、案件によっては複数の企業が連携して受託する。発注者からの依頼は、年間およそ1,000件に上る。

中国やタイにも200社超の大田区企業

低価格競争が激化していた中国でも、中間層の増加とともに、高品質な商品への需要が高まり、産業の高度化が進みつつある。日本全国はもとより、海外にも出向いて大田区企業の売り込みに邁進している同協会海外取引相談員によると、中国の技術者が「日本製は価格が高いのは知っているけれど、高い品質が求められる基幹部品だから」と言い、これまで受注を奪っていた韓国製や中国製などから日本製に戻す動きも一部で出てきているという。大田区の高度なものづくりのDNAが国内外で求められるという第2波が来ているとも強調する。

大田区からは中国やタイを中心に200社以上が海外進出し、工場を構えるなどしている。「海外の日系企業からサプライヤーはできれば日系企業にしたいという引き合いも増えています。また昔は日本で製品開発して海外で生産する流れだったが、近年は現地で開発する動きが加速している。試作で悩んでいるなら気軽に問い合わせて欲しい。大田区企業が応えます」とものづくり連携コーディネーターは呼びかけた。


〈問い合わせ先〉

公益財団法人大田区産業振興協会
ものづくり・イノベーション推進課 ものづくり取引促進担当
東京都大田区南蒲田1-20-20 大田区産業プラザ(PiO)
TEL:03-3733-6126 E-mail:kaigai@pio-ota.jp
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