アジア通

月に1回、一般経済紙では見えてこない生のアジアを。アジアで活躍する著名人のインタビュー記事や、経済ニュースの解説など盛りだくさんの内容でお届け

【アジア取材ノート】リキシャからバイクへ、四輪へ バングラ、現地生産に期待

2017年3月号

自家用車はもちろん、バイクもまだ普及前のバングラデシュだが、すでにひどい交通渋滞が発生している。

自家用車はもちろん、バイクもまだ普及前のバングラデシュだが、すでにひどい交通渋滞が発生している。リキシャや三輪タクシー、人などが入り乱れる道路。将来の自動車産業の成長を見越して、現地生産を始めるメーカーもある。
中村聡也=文、写真

バングラデシュの首都ダッカの深刻な交通渋滞。排ガス、騒音、熱気、ほこりやら何やらが一緒くたになった交差点に身を置くと息苦しささえ感じる。いま以上に車両が増えたら一体どうなるのか──。ある日本人駐在員のぼやきが耳に残る。

バングラデシュの庶民にとってバイクや自家用車はまだ高嶺の花で、購入できるのは一部の層だけだ。だがダッカは車両に対する道路面積が小さく、人口過密都市でもあるため、常に渋滞している。東京の区部の道路率※が約16%(2016年)であるのに対し、ダッカはその半分以下にとどまるという。(※全道路の面積をその地域の全面積で割った値。20%以上が望ましいとされる。)

三輪タクシー、サイクルリキシャ、乗用車、バイクがそこらじゅうにあふれ、歩行者や物売りが入り乱れる。道路工事、ビル建設工事が渋滞に拍車をかける。譲り合うこともないから、さらにひどくなるという悪循環に……。

普及の条件あるが

過去4年間の推移

バイクが高嶺の花なのは高い関税が原因の一つとされる。バイクの年間販売台数は20万台弱。人口は世界8位の約1億6,000万人、1人当たり国内総生産(GDP)は1,500米ドル(約16万9,000円)で、「貧困国」から「低所得国」になったように、バイクが普及し始める条件はある。だが、関税のため最終的な販売価格が高くなり、まだ「庶民の足ではなく、高級品」のままだ。

関税の負担を減らそうとする試みは以前からある。バイクメーカーはバングラデシュで提携や合弁会社を通じ、CKD(完全ノックダウン)方式で生産を展開してきたのだ。ホンダは13年に地場バングラデシュ・スチール・アンド・エンジニアリング・コーポレーション(BSEC)との合弁で、ダッカ中心部から車で約1時間半の場所にあるガジプールでCKD生産を開始。現在は「シャイン125」など4モデルを作り、生産能力の増強も検討中だ。ヤマハ発動機も、提携企業を通じたCKD生産について協議しているという。

市場拡大の可能性

ヒーローはダッカのオートモーティブ・ショーに出展、5年内にシェア首位を目指す意気込みを見せた

ホンダが現地で組み立てる最安のモデルでも、価格は一般的ワーカーの11カ月分の収入に相当する約8万6,000タカ(約1,090米ドル)だ。だが2016年7月に関税の一つである「補足税」が45%から20%に引き下げられ、今後は販売価格が下がって市場拡大を促す可能性も出てきた。ホンダは昨年値下げしたことも奏功し販売台数が増加。15年の8,800台から16年は1万400台になった。日本よりも人口が多いこともあり、ある日系バイクメーカー関係者は「バングラデシュの年間販売台数は将来的に100万台を超える」と秘めた成長性を見込んでいる。

また、バングラデシュで約20%の市場シェアを握るインドの大手ヒーロー・モトコープは、同じくインド大手バジャジ・オートを5年以内に抜いて、シェア首位を狙う。バジャジのシェアは40%以上とされ水をあけられているが、ヒーローの関係者は「セールス網を拡大して、販売台数を増やす」と述べている。インド大手2社のバイクは安いのが強み。性能や外観デザインは日本メーカー系の製品と遜色ないとの評価もある。

ヒーローは現在、工場を建設中。バジャジもバングラデシュでの生産を計画しているという。今後、各社が現地生産を拡大し、現地調達率が高まることで二輪部品の裾野産業は育っていくだろう。そして関税の負担が減って製品の販売価格が下がり、二輪市場の成長を促すと期待できる。

組み立て開始

ダッカのオートモーティブ・ショーに出展されたタタ・モーターズのナノ

四輪でも現地生産の流れはある。インドの商用車大手、アショク・レイランドは1月、完全ノックダウン(CKD)方式で中間商用車(ICV)の組み立てを開始。バングラデシュ初の生産拠点をダッカのサバン地区に設けた。関係者によると、投資額は40億タカという。ICVは小型商用車(LCV)と中・大型商用車(M/HCV)の中間のカテゴリーに当たる。現在の生産能力は1日1台だが、フル稼働で最大20台まで引き上げる方針。今後はM/HCVの組み立ても行う考えだ。

「世界最安の車」として「ナノ」が話題になったインドのタタ・モーターズはバングラデシュ地場の提携企業ニトル・モーターズを通じ、年内に同国で初めて乗用車の組み立てを始める方針だ。ニトルは既に南西部ジョソール県に生産拠点を置き、商用車を組み立てている。

ニトルのカズィ・ラシッド・マネジャー(乗用車部門担当)は、10億タカを設備投資に充てているとした上で、「まずはナノの組み立てを始める」と述べた。ナノはタタ・モーターズが開発した低価格の小型車だが本国インドでは苦戦を強いられており、バングラデシュ市場にも投入することで挽回を図りたいようだ。担当者は「現地で組み立てることによって価格を引き下げ、販売増加につなげる」とする。

3倍の価格

先のバイクの項で見たように、各社がバングラデシュでCKD生産に乗り出すのは、同国政府が輸入品に高率の関税を課しているからだ。輸入関税は一般関税、調整税、補足税、付加価値税、前払い所得税、前払い貿易付加価値税の6種類がある。例えば、タタ・モーターズのナノの価格は本国インドで最低20万ルピー(約33万円)程度だが、バングラデシュではその3倍の水準で売られている。商用車を含む四輪車の16年の販売台数は約4万台だったが、このうち9割はトヨタ車を中心とする日本から輸入された中古車。新車は4,000台程度にとどまっているのが実情だ。

バングラデシュでは縫製業以外の製造業はほとんど発達していない。バイクや四輪車の現地生産がどの程度の効果をもたらすかは未知数と言わざるを得ない。だが2月初めにダッカで開かれた「インド―バングラ・オートモーティブ・ショー2017」にはアショク、バジャジ、ヒーロー、マヒンドラ&マヒンドラ、マルチ・スズキ、SMLいすゞ、タタ、ヤマハ発動機、ホンダなど多数の企業が出展。会場では「経済成長で新車市場が伸びる可能性は高い」「政府が現地生産について優遇を検討している」「バングラデシュの財界も自動車の現地生産を歓迎する姿勢を見せている」などの声が聞かれ、市場の伸びしろを評価する業界関係者は多かった。会場にはダッカの交差点のような熱気はまだなかったものの、渋滞する道路を埋めるのはやがてリキシャからバイクや自家用車にかわっていくだろうとの期待が読み取れた。

続きはNNA倶楽部会員ページにログインしてお楽しみください。

  • 【アジアに行くなら これを読め!】 『中国人エリートは日本をめざす』中島恵著
  • 【アジアの穴場】多民族社会で流れる「共通音」(オーストラリア)
  • 【プロの眼】  アジアの新興国で進むSIMカードの実名登録
  • 【Aのある風景】縁の下でしっかり支える防大のアジア人留学生

NNAからのご案内

各種ログイン