NNAカンパサール

アジア経済を視る February, 2022, No.85

【アジア取材ノート】

走るベトナム都市鉄道
渋滞ハノイを救えるか

ベトナムの首都ハノイ市で昨年11月、都市鉄道「2A号線」が開業した。同国初の都市鉄道で、中国が資金・技術を支援。渋滞や環境負荷の低減に向けたモーダルシフト(輸送手段の転換)の重要インフラとされる。ただ、市内の他の路線は整備が遅れ、日常的には使わないという市民の声も多い。いかに利便性を高め、利用を促すかが課題だ。(NNAベトナム 小故島弘善、Lan Phuong)

ベトナム初の都市鉄道として、ハノイ2A号線が開業した=2021年11月、ベトナム・ハノイ市

明るい緑を基調とした近代的なデザインの車両=21年11月、ベトナム・ハノイ市イエンギア駅

明るい緑を基調とした近代的なデザインの車両=21年11月、ベトナム・ハノイ市イエンギア駅

2A号線は全長約13キロメートルの高架鉄道。12駅を設置し、市中央のカットリン駅から南西部の終点イエンギア駅まで片道23分で結ぶ。6~15分間隔で運行し、1編成(4両)当たり約900人を輸送可能だ。

2021年11月6日、午前9時に一般市民向けの運行を開始した。カットリン駅から始発電車に乗った年配のベトナム人男性は「以前は鉄道会社で働いていた。定年から20年が過ぎたが、都市鉄道が気になっていた」と待ち望んだ様子だった。

同じ電車に乗ったライ・フイ・ズアンさん(68)は「午前7時に駅に到着し、開業を待っていた」と語った。マレーシアや台湾の都市鉄道にも乗ったことがあるといい、「運賃はベトナム人の平均収入と比べて高いと感じる」と苦言を呈する。

都市鉄道は、渋滞緩和や環境負荷の低減に向けたモーダルシフトの重要インフラを担う。バイクが主要な移動手段として普及する中、いかに利便性を高めて市民に活用してもらうかが今後の課題となるが、初日に乗車した市民からは「日常的には利用しない」との声が相次いだ。

現地紙によると、初日の乗客数は約2万6,000人。多くの人が試乗に訪れたが、「好奇心で乗ってみた」「日常的に利用することはないだろう」と口をそろえる。都市鉄道は移動時間が一定で、自宅から勤務先や学校などが沿線上にあれば利用のメリットもあるが、そうでなければバイクや自動車の方が速いからだ。

住居から最寄り駅まで2キロメートルというチャン・クアン・チュンさん(28)も「渋滞や雨の心配がないのはいい。ただ、会社は別の方向なので乗る機会は少ないだろう」と話した。

車窓から街を眺める男性=21年11月、ベトナム・ハノイ市

車窓から街を眺める男性=21年11月、ベトナム・ハノイ市

2A号線の普通運賃は片道8,000~1万5,000ドン(約40~75円)。利用を促すため開業から15日間、無料乗車券を20万枚以上配り、運賃や駅に併設したバイク・自転車の駐輪場も無料にした。

各種割引制度も導入し、1日乗車券は3万ドン、1カ月定期券は20万ドン。定期券は児童・学生と工業団地に入居する企業の労働者向けに半額の10万ドンで提供し、オフィスまたは工業団地以外の企業が従業員向けに購入する場合は3割引きの14万ドンとする。高齢者や6歳以下の児童、障害者、貧困層の運賃は無料となる。

カードかざして入場
券売機は現金のみ可

2A号線の券売機は現金のみに対応する=21年11月、ベトナム・ハノイ市カットリン駅"

2A号線の券売機は現金のみに対応する=21年11月、ベトナム・ハノイ市カットリン駅

利用促進に向けた関連インフラの整備が本格化するのはこれからだ。

運行会社であるハノイ鉄道(ハノイメトロ)によると、都市鉄道の各路線や公共バス、タクシーなどに共通で使えるプリペイド式ICカードを発行する予定だが、初日は片道乗車のカードのみが配られた。改札口にかざして入場し、退場時に機械に差し込むことで回収される。

電子マネーとして使えるカードの有無を駅員に尋ねると、当初は片道乗車カードのみだと説明を受けた。各駅に設置された券売機は現金のみに対応しており、他の公共交通機関などでも使える決済手段がいつ投入されるかは不透明だ。

家から最寄り駅まで距離がある人の利用を促すには車の駐車場やバイク駐輪場などの整備が必要だが、当面は駐輪場のみを提供する。カットリン駅の警備員は「無料期間が終了した後のバイクの駐輪料金がいくらになるのかは把握していない」と話した。

2A号線は公共バス55路線と接続している。同市は公共バスの利用者の割合を20%に高める目標を掲げるが、苦戦中だ。新型コロナウイルス感染症の流行もバス離れに拍車を掛ける。

改札を通過する人々=21年11月、ベトナム・ハノイ市カットリン駅

改札を通過する人々=21年11月、ベトナム・ハノイ市カットリン駅

開業延期6年越しに
事故やコロナが影響

車内の様子。開業2カ月後にはがらがらに空いていた=22年1月、ベトナム・ハノイ市

車内の様子。開業2カ月後にはがらがらに空いていた=22年1月、ベトナム・ハノイ市

運輸省鉄道案件管理委員会(PMU)のブー・ホン・フオン委員長は、開業日の朝に開いたハノイ市への2A号線の引き渡し式典で、「2A号線はハノイ中心部と郊外を結ぶ都市鉄道8路線の1つ。1日当たり102万人を輸送できる」と説明した。

ハノイ都市鉄道は30年までに8路線(総延長318キロメートル)の開通を目標としているが、実現は大幅に遅れそうだ。整備計画は遅延が相次いでいる。

2A号線の建設を請け負ったのは、中国の国営企業である中鉄六局集団傘下の北京鉄建。工事は11年に始まり、当初は15年の開業を見込んだ。しかし、14年に工事中の高架線から資材が落下し、通行人を含む3人が死傷する事故が起きるなど、度重なる安全上の問題などが浮上。完成したのは18年春だった。

その後、試運転が続けられてきたが、安全認証をめぐる運輸省と中国側の意見の食い違いが取りざたされたほか、新型コロナウイルスの流行による専門家の入国制限などから開業時期が決まらない状況が続いていた。設計変更も重なり、総工費は当初の見積もりから約6割増の18兆ドン(約7億9,500億米ドル、900億円)に膨らんだ。このうち8割近くを、中国からの政府開発援助(ODA)で賄った。

着工済みは2A号線と3号線(ハノイ駅―北トゥーリエム区ニョン間)の2路線のみ。3号線は一部区間の21年開通を予定していたが、新型コロナ感染拡大の影響で困難になった。残りの6路線は建設が始まっておらず、30年までの8路線全線の開通は難しい状況となっている。

「中国VS日本」の構図
日本案件でも続く先送り

ベトナムの都市鉄道を巡っては、ハノイ2A号線を建設した中国と、ホーチミン都市鉄道1号線の整備に関わる日本の優劣を競う「外交戦」の構図も注目されたが、開業時期については中国側が先行する形になった。

最大の経済都市であるホーチミン市では、日本の円借款で1号線(1区ベンタイン市場―9区スオイティエン公園)の建設が進んでいる。こちらも当初は15年の開業が見込まれていたが、用地買収の遅れなどから工事が遅れ、開業は早くても23年以降に先送りされた。

また、同じく日本が支援するハノイの都市鉄道1号線(ザーラム郡イエンビエン―ハノイ駅―タインチ郡ゴックホイ)と2号線(タイホー区ナムタンロン―ホアンキエム区チャンフンダオ)については、当初はそれぞれ10年代に完成する予定だった。しかし、それぞれ24年、27年に完成を先送りすると運輸省は国会へ報告。これも設計変更を繰り返し、さらにずれ込む可能性が高い。

長期計画では、中心部から東西南北に路線網が延び、北郊のノイバイ国際空港とも接続する計画だが、実現には時間がかかる。経済成長とともに交通渋滞は深刻化する見通しで、都市鉄道の整備と普及が遅れれば経済成長の制約要因になりかねない。

【動画】ホームにはベルトパーテーションを設置=22年1月、ベトナム・ハノイ市カットリン駅

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