NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2021, No.81

【アジア取材ノート】

タイ記念日は注視を
再燃する反体制デモ

タイの首都バンコクで、首相の辞任などを求める反体制デモが連日行われている。新型コロナウイルスの感染拡大を止められない政府への不満を背景に、デモ隊と警察が衝突して負傷者が発生。撃たれて重体となった参加者も出た。10~12月は民主化を巡る事件の記念日が続き、デモが激化する可能性が増すことから、日系企業や駐在員には一層の警戒が求められる。(NNAタイ 本田香織)

車やバイクに乗った市民による反体制デモ。隊列を組んでクラクションを鳴らし、独裁への抵抗を示す3本指を掲げてスクンビット通りを走る=8月、タイ・バンコク(NNA撮影)

タイでは昨年、プラユット首相の辞任や憲法改正、王室改革を求める学生主導の反体制デモが活発化し、数万人が参加する大規模なデモが開かれた。反体制派グループのリーダーらが王室を侮辱したとして不敬罪で拘束されたり、新型コロナの感染が拡大したりしたことから下火となっていたが、今年6月下旬に再燃した。

コロナ対策のため7月半ばからロックダウン(都市封鎖)が実施されたバンコクでは、5人以上の集会が禁止されたにもかかわらず、8月には連日のようにデモが行われた。ロックダウンが緩和された9月以降もデモは続いている。

一部は警察に火炎瓶や爆発物を投げ、警察側も催涙ガスやゴム弾で応戦。以前は事態がエスカレートする前にデモ隊は解散していたが、最近は夜間も残って警察と衝突し、双方に負傷者が出ている。

地元メディアによると8月16日、戦勝記念塔の東側に位置するディンデン交差点付近で開かれたデモ参加者の青年(15)が頭部を撃たれ、意識不明の重体となった。警察は現場で実弾が見つかったと明らかにしながらも、実弾の使用自体は否定している。

6月下旬のデモ再燃
記念日がきっかけに

3本指を掲げたデモ参加者たち=2月、タイ・バンコク(NNA撮影)

なぜ、6月下旬というタイミングでデモが再燃したのだろうか。

「6月24日が人民党による立憲革命記念日(1932年)だったことに加え、昨年の反体制運動拡大のきっかけとなった反体制活動家の失踪事件(2020年6月8日)、解放青年団(フリーユース)による大規模デモ(同7月18日)、アーノン弁護士による王室改革要求(同8月3日)など、重要な政治イベントの記念日が続いたことがきっかけとなった」との見方を示すのは、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の青木まき研究員。

青木氏によれば記念日はあくまできっかけにすぎず、再燃の背景には、◇政治改革要求に応じないプラユット政権や政権を支える富裕層・王室◇コロナ拡大を抑えられない政府◇今年4月以降のコロナ第3波であらわになった、既得権益層と一般市民の格差――に対する不満があるという。

バンコクでは4月にコロナのクラスター(感染者集団)が発生し、第3波が始まった。インド由来の変異株「デルタ株」の拡大で新規感染者は連日2万人を超え、自宅療養者や死者も急増した。

一方、政府によるワクチン調達は拡大のペースに追いつかず、2回以上接種した人の割合は人口の2割強にとどまっている(9月26日時点)。

バンコクは8月末までロックダウン(都市封鎖)を実施。外出自粛や在宅勤務の普及により、高架鉄道(BTS)はラッシュ時でも空席が目立った=8月、タイ・バンコク(NNA撮影)

ワクチンに関しては、王室が出資する製薬会社サイアム・バイオサイエンスが英アストラゼネカ製ワクチンの独占生産権を獲得しながら生産が遅れたことや、中国の科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)製品の調達を巡り、タイの最大財閥チャロン・ポカパン(CP)グループと政府との癒着が報じられた。さらに、富裕層が優先接種を受けているとの報道もあり、従来の経済的・社会的格差があらわになりつつある。

青木氏は「こうした新型コロナをきっかけとする国民の不満が政府批判に向かった結果、感染拡大の最中にあって反体制デモが注目を集めている」と指摘する。

「心配なのは、警官隊によるゴム弾や放水車の使用など強制排除をきっかけとした暴力の拡大。デモ隊は公式な組織を持たず、SNSを介してアドホックな(その場限りの)形態で活動を続けており、いざという時に統制が取れるのかどうか不安が残る」(青木氏)

コロナ恐れて参加自粛
感染収束で活動再開も

バンコクでは6月28日から飲食店での店内飲食が禁止されてきたが、9月1日から条件付きで許可された=タイ・バンコク(NNA撮影)

反体制デモが続く一方、コロナ拡大を背景にデモ隊の規模は昨年に比べて縮小した。一部の国民からは、コロナ下で活動を続けるデモ隊に批判の声も上がっている。

昨年、毎回のようにデモに参加した男性(25)は、第3波の発生以降は感染を恐れてデモ参加を自粛している。

「昨年、共に参加した友人らも控えている。だからといって、政府への不満が消えたわけではなく、コロナの状況が落ち着いたら再び参加する」と男性。コロナが下火になれば彼のような参加者が増え、デモの規模がまた拡大する可能性もある。

青木氏は今後の見通しについて、「10月から12月にかけては、1973年の学生革命や76年の国軍・保守派によるタマサート大学学生虐殺事件など、民主化をめぐる重要な事件の記念日が続くことから、こうした記念日の政治イベントでは注意が必要」との見方を示している。

バイクに乗ったデモ隊がスクンビット通りを通過すると、近くのコンビニエンスストア内にいた客や、路肩に駐車していたバイクタクシーの運転手らが飛び出してきて、抑圧への抵抗を意味する3本指を掲げたポーズを取り、市民の政府に対する不満の強さを実感した。

9月に入ってからは、オフィスビルやホテル、商業施設が集まるアソーク地区でもデモが行われるようになり、通りがバリケードで封鎖されることもある。日本人にもなじみのある場所だけに、最新の関連情報の入手に努め、現場周辺には近づかないようにするなど注意が必要だ。

<デモに注意する記念日・日付け>

6月8日:反体制活動家の失踪事件(2020年)
 6月24日:立憲革命記念日(1932年)
 7月18日:解放青年団(フリーユース)による大規模デモ(2020年)
 8月3日:アーノン弁護士による王室改革要求(20年)
 9月19日:軍事クーデター(2006年)から15年の記念日
 10月6日:タマサート大学学生虐殺事件(『血の水曜日事件』、1976年)
 10月14日:学生革命(『血の日曜日事件』、73年)
 11月18日:憲法改正案否決(2020年)
 12月2日:プラユット首相の失職請求棄却(20年)
 12月10日:憲法記念日(1932年)、世界人権デー

反政府デモ コンド需要に影響

タイの不動産開発大手スパライがバンコク中心部サトン通りに開発したコンドミニアムのモデルルーム=バンコク(NNA撮影)

シンガポールの不動産コンサルティング会社エドモンド・タイ&カンパニーのタイ法人エドモンド・タイ&カンパニー(タイランド)は、外国人によるタイのコンドミニアム(分譲マンション)の需要が、反政府デモの過激化によって影響を受けると予想している。30日付バンコクポストが伝えた。

同社のリサーチ・コンサルティング・マネジャーのニラヌット氏によると、新型コロナウイルス感染症対策のために首都バンコクなどで実施しているロックダウン(都市封鎖)の行動制限があす9月1日に緩和され、信頼感の改善も予想されるが、ただちに外国人のコンドミニアム需要の改善につながることはないとみている。

バンコクのコンドミニアムに関心を持っている外国人投資家のうち、特にシンガポール、台湾、香港、中国などの投資家が、反政府デモの高まりに懸念を示し始めているという。

ニラヌット氏は、「新型コロナの流行を受けて、魅力的な物件が出たとしても、外国人投資家は購入をためらう」「タイ政府が状況に対応し、暴力行為を沈静化できれば、信頼感も改善する」などと指摘した。

政府住宅銀行(GHB)傘下の不動産情報センター(REIC)によると、今年上半期(1~6月)の外国人向けのコンドミニアム譲渡戸数は前年同期比14.6%増の4,358件、譲渡額は31%増の205億バーツ(約690億円)。中国人向けが63%増の2,748戸、62%増の126億バーツで最多だった。

(NNAタイ版 21年8月31日付より)

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