NNAカンパサール

アジア経済を視る April, 2021, No.75

【アジアエクスプレス】

「軍のビール」消える
成長市場の混迷と日系

軍事クーデターへの抗議が続くミャンマーで、国軍系企業の手掛けるブランドの不買運動が拡大している。最大都市ヤンゴンの小売店の大半では、最も市民に浸透していた国軍系複合企業のビール銘柄「ミャンマービール」が棚から消えた。一方、市民団体によると、人権擁護の観点からクーデター後の事業環境に懸念を表明する国内外の企業は、80社を超えた。

業績好調だったMBLの主力商品「ミャンマービール」=2019年12月、ヤンゴン(NNA)

業績好調だったMBLの主力商品「ミャンマービール」=2019年12月、ヤンゴン(NNA)

クーデターに反発する国民が主に標的にしているブランドは、国軍系複合企業ミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)傘下の「ミャンマー・ブルワリー(MBL)」が生産するビールの全銘柄に加え、「ロスマンズ・オブ・ポール・モール」のたばこ「レッドルビー」など10種余りの商品やブランドとなる。MBLとロスマンズ・オブ・ポール・モールは共に業界最大手。

国内ビール市場のシェア8割と大部分を占めるMBLは、日系大手のキリンホールディングス(HD)とMEHLの合弁会社だが、キリンHDはクーデターについて「(当社の)ビジネス規範や人権方針に根底から反する」として、合弁提携を解消する方針を2月5日に発表した。

「ミャンマービール」のロゴを掲げた、閉鎖中の飲食店=21年2月24日、ヤンゴン(NNA)

市場を席巻していたMBLの看板銘柄「ミャンマービール」は、クーデターを起こした国軍への反発から市民の不買運動の標的にされている。2月初旬以降、個人経営の小売店や飲食店から消え始めた。

スーパーマーケットなどを展開する地場流通大手シティマート・ホールディング(CMHL)、タイの大手財閥チャロン・ポカパン(CP)グループ傘下の卸売業者、サイアム・マクロが運営する大型店からも撤去された。

ヤンゴンのインテリアデザイナー、アウン・モーさん(38)は「味も良く、最も手に入れやすいミャンマービールを飲み続けてきたが、ボイコットすることにした。友人にも不買を呼び掛けている」と話した。

MBLはコロナ禍で販売の落ち込みも見られた。写真はヤンゴンの「バーベキュー・ストリート」=20年2月19日、ヤンゴン(NNA)

中間層の若者向けに日本風フュージョン料理を出すヤンゴンの飲食店「チリ」でも、クーデター発生から間もない2月5日にはMBLのビールをメニューから外し、ハイネケンなど他ブランドに切り替えた。

経営者のミャンマー人男性、プン・シアン・リアンさん(37)は「不買をアピールすることで客が来てくれる。MBLにとって効果的な社会的制裁になるはずだ」と言う。

すしなども提供する同店では、日本のビールが人気だった。そのため、キリンが日本ブランドの価値を前面に打ち出してMBLで生産している高価格帯ビール「一番搾り(KIRIN ICHIBAN)」については、今後の動向を見て取り扱いを決める予定だ。

キリン合弁事業
21年は増益予想

キリンHDは、合弁会社MBLの2021年度(21年1~12月)の業績が2桁の増収増益になるとの見通しを明らかにした。20年度は新型コロナウイルス禍の影響で、傘下に収めてから初めて売り上げが前年を下回ったが、21年度は現地のビール市場が回復し、業績を押し上げると見ている。

20年度は飲食店の店内飲食が禁止されたことが業績を押し下げたが、21年度は営業再開が進んで業務用市場は19年度の9割近い水準まで回復すると見込む。家庭用市場も新型コロナが拡大する中でも拡大し、19年度比で40%以上の伸びを予想しているという。

「一番搾り」「ミャンマー・プレミアム」の生ビールが市内のショッピングモールで提供されていた=19年1月、ヤンゴン(NNA)

ただ、21年度の業績見通しの前提には、国軍が2月1日に起こしたクーデターとそれを受けての合弁事業の提携解消の方針は含まれていない。キリンHDはミャンマー事業自体は継続する方針のため、MBL株を手放すことをMEHLに求めていくがMEHLが応じるかは不透明だ。

キリンHDの磯崎功典社長は同16日の決算説明会で、「相手がどうしても解消したくない、売却したくないということであれば、最後に残る選択肢としては当社が撤退するということしかなくなるが、現在のところ撤退する意志はない」と説明。両社は既に交渉を開始している。

キリンHDにとって、MBLは優良グループ企業の1社に成長した。20年度は連結売上収益の2%、事業利益の9%を稼ぎ出した。一部出資するフィリピンのサンミゲルビール以外では、成長性や事業利益率でMBLに代わり得る事業は「他にはなかなかない」(磯崎社長)

ただ、キリンHDがミャンマー事業を続けるには新たなパートナー探しが必要となる。ミャンマーの法令では外資の飲料事業への参入は、地場企業による株式2割以上の保有が求められる。MBLへの出資比率はキリンHDが51%、MEHLが49%。ミャンマーへの国際的な風当たりが強くなる中でのスポンサー探しは、難航も予想される。

ミャンマー国内では、クーデターに反対する大規模なデモが続き社会不安が高まっているが、キリンHDの広報担当者は「原材料調達、製造といった事業活動には大きな問題はないと考えている」と説明。一方、国軍系企業が関与する商品への不買運動については「国民感情による販売への影響は楽観できない」と話す。

合弁2社の工場
3月に再稼働へ

ヤンゴン郊外のMBLの工場(キリンHD提供)

キリンHDは、最大都市ヤンゴン管区にあるMBLのビール工場での生産を3月18日から再開する方針であることが分かった(※)。政情不安の深刻化を受け、同工場は8日から生産を一時停止していた。

工場周辺は比較的安全が保たれていることが確認できたため、近隣に住む従業員が出勤し、稼働率を抑えて生産する。キリンHDの広報担当者が「状況が変われば(従業員の)安全最優先の対応を行う」と明らかにした。同社の別の合弁会社であるマンダレー・ブルワリー(MDL)でも、北中部マンダレー管区にある工場の3月中の再稼働を検討しているという(※)。

※編集部注:3月18日時点の情報

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