NNAカンパサール

アジア経済を視る November, 2020, No.70

【アジアエクスプレス】

困窮続く夜の女性たち
支援格差のタイ性産業

新型コロナウイルス感染症拡大がもたらした非常事態宣言下で、パブや風俗店など「夜の店」の営業を制限してきたタイ。貧困層が多い性風俗の従事者が困窮している。信仰心あつい国民性で性産業への反発が根強く、国からの失業者向け給付金を得られずに感染の危険が高いと知りながら働かざるを得ないケースもある。人権団体は「差別のない支援を」と女性たちの救済を訴える。(取材=NNAタイ 安成志津香、ワライポン・チャルームラープボラブーン)

日本人が集まる歓楽街も人通りの少ない状況が続く=10月19日、タイ・バンコク(NNA撮影)

日本人が集まる歓楽街も人通りの少ない状況が続く=10月19日、タイ・バンコク(NNA撮影)

「コロナは怖いけれども、生きるために働かなければならない」

首都バンコクの風俗店に勤務するメイさん(仮名、23歳)は、絞り出すように語った。幼い子ども2人と母親を独りで養うシングルマザー。新型コロナウイルス感染症の拡大で店が3月に休業し、東北部の実家に帰省したが生活苦から仕事を求め6月にバンコクに戻ってきたという。

外国人の入国制限が続き、かつて旅行者であふれた歓楽街は閑散としている。ある風俗店のオーナーは「客の大半が外国人の出張者や観光客だった。外国との往来が戻らない限り、客足の回復はほど遠いだろう」と肩を落とす。経営難に耐えかねた一部の店は、営業禁止中に警察の取り締まりにおびえながらも密かに客引きを行ってきた。

政府は5月以降、飲食店や娯楽施設の営業を段階的に再開。人の接近が多く感染が懸念されるパブやカラオケ店、風俗店などは制限がしばらく続いた後、7月に解禁された。長く及んだ休業措置と、再開する替わりに義務づけられた感染防止のための制約が営業の足かせとなり、多くの店が経営の危機に瀕している。

「店で働く女性の8割はシングルマザー。営業しなければ自分や従業員だけでなく、皆の家族まで路頭に迷うことになる」。風俗店のオーナーは事情を明かす。ただ、営業が正式に認められた現在でも、コロナ感染の懸念は残るため集客自体が難しい状況だ。

子どもや実家の家族6人を養う風俗店勤務のエイミーさん(25)は、「客が来ず、4~5日間無収入なこともある。他の職を探してみたが、どこも人員を削減している中で選択肢がない」と嘆く。同様の境遇にあるリサさん(32)も「収入はほとんどゼロ。国は早く外国人旅行者を全面的に受け入れてほしい」と訴える。

性産業はグレーゾーン
支援の給付金もらえず

歓楽街の通り脇で客を待つ風俗店従業員ら=同

タイの歓楽街は、1960年代のベトナム戦争時に米軍の保養地として知られるようになった。その後は国策で製造業を中心とする外資系企業を誘致したことで外国人が増加し、国の経済成長を支える観光業の一翼を担った。

仏教への信心が厚いタイでは、性産業に反発する人も多い。しかし、政府は60年代に売春を禁止しながらも、その存在を黙認し続けてきた。バンコクとその周辺に経済が一極集中する半面、地方は仕事の選択肢が少ない貧困層も多く、都市での性産業に従事することを選ぶ人は絶えない。

性風俗従事者の人権保護を訴える団体「エンパワー・ファンデーション」によると、タイでは風俗産業に100万人以上が従事。風俗店を含む夜の産業の経済規模は年間2,110億バーツ(約7,120億円)に上るという。

性風俗の従事者は、いわゆる「グレーゾーン」の差別的な扱いを受けやすい。災害時などの経済支援の対象から外されてきた経緯が過去にもある。

今回のコロナ禍では、社会保険未加入のインフォーマルセクターに向けた国からの給付金(1万5,000バーツ、約5万円)が用意され、性産業も対象になった。だが、同団体のチャチャラワン氏は「一部の人は審査が通らず、受け取れなかったケースもある」と指摘する。

一方、給付金を受け取れたというエイミーさんも「長引くコロナ禍による不況の中で、この程度の支援金では到底足りない」と憤りを隠さない。

性目的は招かれざる客
産業の合法化も難しく

タイ政府関係者と面会したエンパワー・ファンデーションの代表ら。性風俗従事者が求める支援について協議した=5月29日(同団体提供)

タイ政府関係者と面会したエンパワー・ファンデーションの代表ら。性風俗従事者が求める支援について協議した=5月29日(同団体提供)

性風俗の従事者を法的に保護するに当たり、まずは産業としての合法化を求める意見もあるが、国は消極的だ。ある政府関係者は「性産業が目当ての外国人は、いわば招かれざる客。国の予算を使って誘致する対象とはならない」と合法化を否定する。

昨年5月、社会開発・人間安全保障省のポンソム監察長官は「セックスツーリズム(性産業による外国人誘客)はタイの知られたくない一面だ。売春の合法化はこれまで協議されてきたが、現時点で選択肢にない」とメディアに語った。売春が違法である以上、性産業への支援も不適当と厳しい見方を示す。

チャチャラワン氏は「風俗産業の営業制限の緩和は最も遅く、深刻な影響を受けている」と述べ、給付金支給をはじめとする追加支援の必要性を訴える。

その上で「性産業も国の経済発展に貢献してきた産業の一つ。他の産業と同じように、隔たりなく支援が受けられるようにするべき」と、政府や社会に対し広く理解を求めていく考えだ。

新型コロナの感染拡大はタイの貧困構造を浮き彫りにした。国内では格差社会に不満を募らせた市民らによる反政府デモが連日続く。夜の街を彩ってきた彼女らが困窮を極める姿は、タイが今後進むべき道を問うている。

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