NNAカンパサール

アジア経済を視る September, 2020, No.68

【東南アジア人材の勘所】

第2回 優秀人材の採用に苦戦する日系企業
その原因と対策は?

今回は東南アジア諸国連合(ASEAN)における日系企業の人材採用の課題について触れていきたいと思います。前提として日系企業はASEANの中で採用がうまくいっていないのが現状です。各国で共通して言えることは、優秀な人材はローカルの大手企業や欧米系企業に採用されてしまい、そこに入社ができなかった人材が日系企業や他の国の企業に流れてくるというマーケット構造ができ上がっています。日本人として非常に残念に思う状況ですが、今回のレポートを通じて転職エージェントの視点から日系企業の採用がうまくいっていない原因とその打ち手についてお伝えし、少しでも海外で採用活動を行っている日系企業のお役に立てることができれば幸いです。

当社は現在、事業の一つとしてアジア10カ国の日系企業に対する採用支援を行っておりますが、どの国でも共通していえることは非日系企業の方が日系企業よりも採用活動が成功しているということを実感しています。冒頭でも触れたようにローカル大手企業や欧米系企業はもちろんのこと、それ以外の非日系企業も日系企業と比較をするとよりスムーズに適切な人材を採用できているように見受けられます。

では、何が原因でこのような状況になっているのでしょうか。

私はその大きな理由は給与設定の低さと、採用プロセスに大きな原因であると考えています。

給与設定の低さが、日系企業の採用を困難に

日系企業の採用支援をする中で、給与の低さを理由にして求職者が応募をしないことや、最終的に内定を辞退されることが頻繁に起こっています。

海外の転職マーケットで求職者が最も重要視するのは昇給であるにも関わらず、日系企業ではその希望が叶わないためです。

日本では転職をしても給与は現状維持が一般的ですが、海外では最低でも10%~30%の昇給が求められており、求職者が優秀であればあるほど高い給与を求める傾向があります。つまり、優秀な人材を確保するためにはそれ相応のサラリーパッケージがなければ採用することはできません。

※PERSOL Philippines 2018年調べ

図表1はフィリピンにおける日系企業と外資企業の職位別の給与レンジの比較表ですが、職位が上がるほど外資と日系の給与レンジの差が大きくなる傾向が読み取れます。これはフィリピンだけではなくアジア全域で同じ傾向があり、日系企業にとっては職位が上がるほどその低い給与レンジが原因で採用難易度が上がると言えます。

採用活動を開始する前にマーケットを把握し、採用ポジションに対して適正な給与額を設定しなければ良い人材の獲得は困難になってしまいます。

さらにマーケットの適正給与額を調べるに当たって日系企業の平均給与を参考にされるケースも散見されますが、非日系企業も含めたマーケット全体の平均給与を参考にされると本当の適正なマーケットプライスが見えてきます。

以下は当社、パーソルケリーが国別に職種や職位ごとに平均給与をリサーチした給与水準(Salary Guide)ですので、ぜひ自社の給与レンジと比較をしていただければと思います。

PERSOLKELLY Salary Guide
https://rc.persol-group.co.jp/hr-data/jp/

採用プロセスの改善

続いて日系企業の抱えるもう一つの課題となる採用プロセスについて見ていきましょう。

以下に採用プロセスを(1)母集団形成、(2)選考プロセス、(3)内定後―の3つに分けてそれぞれの日系企業の抱える課題とポイントについて記載させていただきます。

(1)採用活動始める前の母集団形成

企業が採用活動を始める前にスキル設定や給与額を決めていくプロセスを母集団形成と呼びます。

このプロセスにおいて特に重要なポイントは以下の3点です。

(a)採用要件の設定

日系企業と非日系企業の採用ポジションの求人要件の比較をすると、明らかに日系企業の方が細かい要件を設定しているケースが多く、それに追加して日本語能力を求めることもあります。

そして最終的には要件にマッチした人材を見つけることができない状態のままずっと採用活動を継続していくか、もしくは採用要件の変更をしばらく時間が経過してから余儀なくされるのです。

採用開始の時点でしっかりとマーケットを理解した上でそれに適した採用要件を設定することが重要です。

(b)給与(特に基本月給)は採用競合と比較をして下回る設定になっていないかどうか

給与の重要性については前述しましたが、ここで補足をさせて頂きたいのは転職における基本給の重要性です。

日本では「理論年収(1年間勤務した場合の月額給与の12カ月分と賞与を合わせた額)」をベースで考えて転職を行うことが一般的ですが、海外では「基本月給の上がり幅」が最も重要なポイントとなります。極端な話、いくら理論年収が上がっても基本月給が下がるとオファーを断られてしまいます。

(C)柔軟な役職の設定が可能か

東南アジアにおいて役職は非常に重要なポイントです。

例えば、現在シニアマネジャー(Senior Manager)の求職者はいくら給与が上がったとしても転職先で格下げの役職になる場合、転職は実現しません。日本人の場合は転職の際には格下げになっても仕方がない、という考えを持つ方が存在しますが、海外ではその考え方を持った方はほとんどいません。

要件定義のプロセスについては他にも細かい点はありますが、特に上記の点について注意をしながら進めていくことが重要だと思います。

(2)書類選考から面接までの選考プロセス

前提として、海外の求職者は自分の実績を粉飾することがあり、できないことも平気でできると書き、面接の中でも意気揚々とできない事をできる事として語ることがあります。

「なぜその実績が残せたのか」これをしっかりと回答できる応募者は実際に高い実績を残していることが多く、逆に明確な回答ができない応募者は経歴やスキルを粉飾している、または運や外部要因が原因でたまたま良い実績を出せた人の可能性が高くなります。

応募者の言っていることをそのまま真に受けて採用をした結果、実際には企業が求めているレベルには届いておらず、また採用活動を再開しなければいけなくなってしまうケースがよく見受けられます。

また面接において応募者を評価するポイントが少しズレてしまっていることもよくあります。

以下が日系企業からよく聞く面接の見送り理由です。


「志望動機が不明瞭」
「転職回数が多い」
「長期就業できるイメージがない」

実は上記のような見送り理由は非日系企業から届くことはほとんどなく、日系企業(というよりは日本人の面接官)からは頻繁に届きます。

海外の転職マーケットにおいては特に志望動機がなくても企業の面接に臨むことは一般的であり、また求職者の80%近くは単純に昇給のために転職を検討しています。

転職回数に関しても日本と比較をするとマーケット上、多くなるのは仕方がないことであり、逆に非日系企業では転職回数が少なすぎると逆に何か問題があるのではないかと勘繰るくらいなのです。

そして長期就業するか否かは候補者側ではなく、企業側の就労環境や人事制度などに起因することを非日系企業は理解した上で採用活動を行っているように感じます。

(3)スピードが求められるオファー

注意するべきは最終面接通過から正式なオファーを出すまでのスピードです。応募者の大半は他の企業にも応募をしています。

日系企業では、内定は出したいものの最終稟議を通すのにまだ時間がかかってしまうという事態がよく起こります。

こうなると応募者は別の企業のオファーを受けて、こちらの内定を辞退されてしまうことになります。

全てのプロセスに共通する最大の課題は、日系企業が海外の転職マーケットでの採用活動を日本と同じ要領で行っていることです。マーケットをしっかりと理解してそれに応じた採用のプロセスを踏むことが重要なポイントとなります。

海外事業における採用の重要性

私が東南アジアに来て改めて感じたのは、日本のプロダクトやサービスのクオリティーは世界の中でもずば抜けて高く、誰からも信頼されているということです。

「ジャパンクオリティー」はまだまだ世界でも通用するはずであり、本来であればもっと海外でのシェアを取っていてもおかしくはないのです。

しかしせっかくの質の高いプロダクトやサービスも優秀なローカル人材の採用がうまくいっていないがために企業の各機能がうまく噛み合わずに事業が拡大していかない面があるとみています。

日系企業がローカライズした採用プロセスで優秀な人材を採用していくことが、日本企業が再び輝きを取り戻す大きな鍵になるのではないでしょうか。


安斎昌朗  PERSOLKELLY RHQ Japan Desk

大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現PERSOL Career)に入社し、2013年よりシンガポールに赴任。現在はPERSOLKELLY RHQのリージョナルマネジャーとしてシンガポールを拠点に各国の事業運営や営業活動のサポートを行う。

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