NNAカンパサール

アジア経済を視る November, 2019, No.58

【プロの眼】辺境写真家 栗田哲男

第4回 辺境への服装と道具

急激な寒暖差や猛暑、度重なる災害など過酷な環境にある辺境・秘境に行く時、写真家はどんな服装や装備をしていくのでしょうか?もちろん都市部での普段着では命の危険すらあります。今回は、辺境・秘境へ行くための服装と持ち物についてお話ししたいと思います。

撮影時の服装一例。この当時はまだ化繊インサレーションを使っていなかった

辺境の地とは得てして過酷な環境です。荒涼とした大地であったり、標高4,000メートルを超える高地であったり、はたまた熱帯の地であったり、気温マイナス30度の極寒の地であったり。写真家である以上、ただ行くだけではなく、写真を撮らなければなりません。それなりの服装や装備、機器が必要となります。

まずは身に付けるものから見ていきましょう。特に注意が必要なのは、体温を奪う寒さをいかに防ぎ、同時に機材を持って歩けるかどうかということです。

風景撮影の場合、光の射す状態が理想的になるまで動かずひたすら何時間も待つことが往々にしてあります。冬のチベット地域のように、マイナス30度という極寒の世界であれば、状況として非常に厳しいものがあります。

寒さへの対策は足元からが基本ですので、まず保温性能の高いスノーブーツが必要となります。私の場合は使用限界温度がマイナス40度のスノーブーツを用いています。さらにウールのソックスを組み合わせることで、こういった環境にも耐えられるようにしています。特に、日の出前の最も寒い時間帯に動かずじっと日が昇るのを待ち続ける撮影では、スノーブーツを履いていて良かったとしみじみと感じました。

スノーブーツ。米国のアウトドアブランド製だ

次にボトムスです。季節や訪問地にもよりますが、もっとも活躍するのがカーゴパンツです。

速乾性と汚れにくさという点で優れている上に、何よりもポケットがたくさんあります。ただし、ポケットのいくつかがファスナー付きであることが必須条件です。パスポートなどの貴重品を入れることができ、激しく動いても落ちない上に、防犯の観点からも安全だからです。

私が使うのはアウトドア用品としてのものではなく、ホームセンターなどで作業着として販売されているものです。最近の作業着はファッション性が向上している上に、コストパフォーマンスが非常に良いというのも利点です。

ウェアについては、最近非常にオススメなのが化繊インサレーションです。薄手のダウンジャケットやフリースの代わりとして活躍してくれます。

化繊インサレーションは、ダウンと異なり雨や汗で濡れた場合でも保温性が維持されます。速乾性も高いのでとても便利です。表面の生地がダウンより摩耗に強いのも私にとって非常にありがたいことです。

テント外に設置したソーラーパネル。テント内には巨大なバッテリーとコンバーターがある

撮影では、あちらこちらで寝転がって撮ることがあります。例えば、チベット地域での野生動物の撮影では、草原に寝転がった状態でシャッターチャンスを長時間待つことがほとんどです。天気の変わりやすい高山では、降っていた雨が急に止み、太陽が出てきて撮影にもってこいの状況に突然変わることがあります。そんな時に、地面が濡れているから少し待って撮影を延期するなどという選択肢はあり得ません。そういった場合でも、化繊インサレーションを着ていれば安心です。また、汚れても洗濯機でそのまま洗えるため、取り扱いが非常に楽だというのもメリットの一つです。これまで寝転んで撮影する際に、ダウンが破れてしまうことや、フリースが濡れたらなかなか乾かないという心配がありましたが、そういった杞憂から解放されました。

機材にもこだわり

機材を持って歩けるかどうかという点では、カメラバッグが重要です。私はバックパック型を使用していますが、「ザック」のような感覚できちんと背負って歩けるかどうかが鍵となります。つまり背負うこと自体に問題なく、15キロ近くなる重い機材を入れた状態でも山などを歩けるかどうかです。

一昔前のカメラバッグには、ショルダーハーネスが非常に貧弱で、重いものを背負って長時間歩くのに適さないものが多くありました。しかし、最近はきちんと背負えるバックパック型が増えてきています。ショルダーハーネス以外に、荷重を肩だけでなく骨盤のあたりに分散してくれるヒップベルトや、横揺れを防ぐチェストハーネスがちゃんと付いていることも重要です。

機材をより多く詰められるよう、カメラバッグの大きさが飛行機内に持ち込める最大サイズであることも重要なポイントです。

CFカード。万一の破損に備え、リスク分散をしてあまり大容量のものは用いない

次に設備類です。長期間の撮影では、メモリーカードを大量に持って行っても必ず不足します。また、撮影したデータを確実に持ち帰ることが重要ですので、何がしかのトラブルでデータが消えないように、バックアップを取らなければなりません。以前はポータブル型ハードディスクを使っていましたが、今は2TB(テラバイト)の大容量SSD(ソリッドステートドライブ)が製品化されていますので、高速でバックアップが取れる上に軽量コンパクトとなりました。なお、バックアップは同じ内容を2つのSSDにバックアップします。そうすることで、SSDの故障に対する対策にもなります。その上、二つを分けて持つことにより、紛失・盗難の対策にもなります。

バックアップにはノートパソコンが必要です。そして、カメラのバッテリーを充電するにも電気が必要です。電気が通っている場所なら良いのですが、そうでない秘境の場合はどうするか考えなければなりません。以前行った山中での長期間の撮影では、発電して電気を確保するために、大型ソーラーパネルとトラックのバッテリー、コンバーターを現地で調達して持って行きました。

町の宿に宿泊する場合でも停電が多い地域もあり、バッテリーの充電がうまくできないことがあります。いざという時の場合に備えて複数の充電器と、できる限り多くのバッテリーを持って行くと安心です。

最後にテントです。山中での撮影は例外として、実はそれ以外の場所へ行く際、私はテントを持参しません。テント泊をすると、外の世界と遮断されてしまい、現地の人々とのコミュニケーションが生まれないからです。仮に宿泊施設がなかった場合でも、民家に泊めてもらうことができれば、そこから大きなコミュニケーションが生まれます。


栗田哲男(くりた・てつお)

栗田哲男(くりた・てつお)

名古屋市出身。1971年生まれ。経営学修士。中国語はネーティブ並みに堪能。中国在住17年の経験有り。日本の上場企業の海外駐在員を、現地法人社長として長く務めた後、フリーランスの写真家に。特に秘境・辺境地域に暮らす少数民族の写真を文化人類学的な側面から捉えることを得意とし、『辺境写真家』という呼称で活動。大学やイベントなどにおける講義、講演並びにテレビ出演なども行っている
https://www.tetsuokurita.com/
https://facebook.com/TetsuoKuritaPhotography/

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