NNAカンパサール

アジア経済を視る August, 2019, No.55

【プロの眼】辺境写真家 栗田哲男

第1回 アジア辺境旅のススメ

チベット地域やインドなどアジアの辺境の人々と文化を温かい目で撮影している辺境写真家の栗田哲男氏が「プロの眼」で連載を開始します。日本人ビジネスマンが知らないアジアの辺境の歩き方を紹介するとともに、辺境の人々の豊かな暮らしと人生を伝えていきます。

ベトナムの花モン族。色とりどりの刺しゅうを施した華やかな民族衣装が特徴。=ベトナム・ハジャン省撮影

初めまして、写真家の栗田哲男です。私は主にアジアの国々の辺境・秘境と呼ばれる地域を中心に撮影を行っています。そして、文化人類学と写真芸術の融合を目指しながら、「辺境写真家」という肩書きで活動をしています。

今回からの私のレポートでは、少しビジネスから離れ、皆さまがお住まいになる国(地域)の現地の人々を、別の角度から見つめ直すきっかけになるようなものを書いていきたいと思います。

さて、これをご覧いただいているのは主にアジア各国で働いていらっしゃる方々だと思います。海外駐在員としてお勤め先の命により赴かれた方も多いかと思います。

そういった皆さまの中には、長期連休などを利用してお住まいの場所から遠く離れた観光地などへ旅行される方もいらっしゃるでしょう。しかし、全く観光地でもない田舎の地、殊に辺境・秘境と呼ばれる場所へ行かれることは滅多にないのではないでしょうか?

辺境・秘境といった地域には少数民族が暮らしていることが多くありますが、そういった地域に少しばかりの興味をお持ちいただけるようなお話を今からしていきます。

中国には未識別民族が64万人も

それでは、民族についてのお話から始めたいと思います。

民族とは、共通の言語や習俗を持ち、同一の集団への帰属意識を持つ人々の集団を言います。また民族によっては支系が存在する場合があります。支系とは、その民族がさらに特徴のあるいくつかのグループに細分化されたものです。

私は17年間中国に暮らしていたことがありますので、他の国に比べて中国の状況を把握しているつもりです。そこで、ここでは主に中国を例に説明させていただきます。

(左)ミャオ族の支系、長角苗の少女。巨大な木櫛(これが長い角に見えることが支系名の由来)の上に先祖の頭髪を巻き、その上からさらに黒い麻糸を巻いて巨大な髷を結う=中国貴州省六盤水市撮影
 (中央)未識別民族の白馬人。シャンプーハットのようなフェルト帽(男女ともに)とニワトリの羽(女性のみ)が特徴=中国四川省綿陽市撮影
 (右)トゥ族(土族)のお祭り「於菟舞」。体を白く塗り模様を描き虎の姿となって踊る=中国青海省黄南チベット族自治州撮影

まずはミャオ族(苗族)についてです。東南アジアの国々ではモンと呼ばれる民族です。ミャオ族はその伝統的な服飾から、白苗、黒苗、紅苗、藍苗、花苗、長角苗、尖尖苗など多数の支系が存在します。次にハニ族(哈尼族)です。こちらは雅尼、豪尼、碧約、布都、白宏などといった比較的大規模な支系から西摩洛、阿木、多尼などといった小規模な支系まで同じく多数存在します。

中国においては56の民族が存在するとされています。全体の9割以上を占めるのが漢族で、その他に55の少数民族がいます。しかし、2010年に実施された第6次全国人口普査(日本の国勢調査に相当)では、約64万人の未識別民族がいるとされています。未識別民族とは、民族として分けるかどうか検討の余地があるが、現在は未定となっている、あるいは便宜的に他の民族に分類されている人たちを指します。

この未識別民族とされるグループには、穿青人(現在は民族未定とされている)、白馬人(現在はチベット族に分類)、克里雅人(現在はウイグル族に分類)、老品人(現在はタイ族に分類)などその他多数の集団が存在します。

よって、中国という一つの国を見ただけでも、非常に多くの民族や民族的グループが存在することになり、それだけ多種多様な文化が存在することがお分かりになるかと思います。

国境付近では同じ民族が国境を跨いで双方の国に暮らしていることがあります。現在の国境が定まる以前から彼らはその地に暮らしていたため、このようなことが起きます。

カシ族の納豆「トゥルンバイ(Tungrymbai)」。クズウコンの葉に包まれている。=インド・メガラヤ州撮影

例えば、中国雲南省の文山チワン族ミャオ族自治州に暮らす上述のミャオ族の支系・花苗。その名の通り「花」(中国語で色とりどりの意)な民族衣装が特徴的です。彼らは、国境を挟んだ向かい側、ベトナム・ハジャン省にも、花モン族(Flower Hmong)という呼び方が異なるものの同じ民族の支系が暮らしています。日本の納豆に似た食べ物(見た目や味は味噌に近い)があることでも知られるカシ族もインド・メガラヤ州とバングラデシュの両国国境付近に暮らしています。

そういった場合、両側を訪れることによって、多くの同一性を確認できますが、逆に国の経済発展具合の違いにより伝統文化の保存性に差異が見られたりします。例えば、伝統的な民族衣装や家屋がどれほど残っているかといったことです。この辺りの比較もとても興味深いものとなります。

少し話がそれますが上述の花苗の場合、より経済的に豊かな中国側において、その中でもあまり裕福ではないがために結婚相手が見つからなかった男性が、それ以上の経済格差があるベトナム側から花嫁を娶るといったことが少なからずあるのです。国境を挟んだ経済格差が招く一つの現象と言えるでしょう。

写真を通じて相互理解を

それでは、中国以外のアジアの国々ではいったいどれだけの民族が存在しているのでしょうか。幾つか見ていきたいと思います。

まずはラオスです。全人口の約半数以上を占めるラオ族を含めて計50の民族です。実は、昨年12月にブル族(Brou)が正式承認されて、49から50になったばかりです。

ベトナムでは、キン族が全人口の86%を占めており、53の少数民族を合わせて計54となります。

ミャンマーも政府により公式に認められている民族がなんと135もいるそうです。

ちなみに、インドは公式な民族数が出ていないようですが、一説には2,000を超える民族がいるとのこと。しかし、これはどれだけ細分化するかの問題がありますので、あくまでも参考程度です。

このように、アジアの国々には非常に多くの民族が存在していることがお分かりいただけたかと思います。

民族が異なれば、伝統的な民族衣装も異なります。地域によっては今でも日常的に民族衣装を着て生活している人々もいます。民族が異なれば、それぞれにお祭りや音楽、舞踏といった伝統芸能があります。食文化も大なり小なり異なることになります。

私が写真を通して少数民族の文化を伝えていきたいという考えに至ったのは、彼らの存在をより多くの方々に知っていただき、その文化に興味・関心を抱いていただくことが、ひいては相互理解につながると思ったからです。なお、この辺りのことは、今後改めてお話ししていきたいと思います。

今回のお話で数々の民族、そして彼らの持つ文化に出会える辺境・秘境に対して多少なりと興味をお持ちいただけたなら幸いです。


栗田哲男(くりた・てつお)

栗田哲男(くりた・てつお)

愛知県名古屋市出身。1971年生まれ。経営学修士。中国語はネイティヴ並みに堪能。中国在住17年の経験有り。日本の上場企業の海外駐在員を、現地法人社長として長く務めた後、フリーランスの写真家に。特に秘境・辺境地域に暮らす少数民族の写真を文化人類学的な側面から捉えることを得意とし、『辺境写真家』という呼称で活動。大学やイベントなどにおける講義、講演並びにテレビ出演なども行っている
https://www.tetsuokurita.com/

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