NNAカンパサール

アジア経済を視る May,2018, No.40

【アジア取材ノート】

香港でeスポーツが胎動
官民が市場開拓に注力

香港

コンピューターゲームをスポーツとして捉えるエレクトロニック・スポーツ(eスポーツ)の市場が香港で立ち上がろうとしている。eスポーツの観戦者が世界的に急拡大する中、商機を見出す動きが香港企業の間で相次いでおり、香港政府も支援に乗り出した。
(取材・写真=NNA香港編集部 黒川真吾、エイミー・ウォン)

九龍の繁華街、旺角に位置する洗衣街の雑居ビル。エレベーターの扉が開くと、日本のゲームセンターのような光景が広がった。場を盛り上げるDJの実況とともに各所から聞こえる歓声と悲鳴。バックミュージックのように、パソコンのマウスとキーボードを叩く音も響き渡る。「きょうのeスポーツ大会は香港と台湾の対抗戦だよ」。大会を主催した香港企業サイバー・ゲームズ・アリーナ(CGA)の担当者はこう説明した。

スポンサーには日本や台湾のパソコン周辺機器メーカーが名前を連ね、優勝者にはトロフィーとeスポーツ関連機器が贈られる。

担当者は「きょうはこの会場だけでも1,000人が入れ替わり観戦に訪れる。複数日の開催なので、ネット中継を含めれば観戦者数は膨大だ」と満足気に話す。人が充満するフロアは対戦が白熱するにつれ、室温も上昇していった。

「香港のeスポーツは昨年に潮目が変わった」と話す香港電競総会の周主席

環境変化表れた17年

昨年世界でeスポーツの対戦映像を視聴した人の数は4億人に迫り、1回の大型eスポーツ大会の視聴者数が米プロバスケットボールのNBAファイナルを大きく超えたとの報道もある。

香港最古参のeスポーツイベント会社と言われるCGAの創業者兼最高経営責任者(CEO)で、eスポーツ業界団体の香港電競総会の主席を務める周啓康(ライアン・チョウ)氏は、「昨年は香港市場が“芽吹き始めた”年だった」と振り返る。

同様の見方を示す香港の業界関係者は多い。口をそろえて言うのは、香港政府観光局(HKTB)が昨年主催した香港初となるeスポーツの大型イベント「香港電競音楽節(eスポーツ&ミュージックフェスティバル香港、EMFHK)」の影響だ。中国本土や欧州から多くのファンが会場を訪れたという事実は、香港の財界に驚きを持って受け止められた。

香港政府がeスポーツの普及に向けて資金投入や人材育成の方針を示したことや、eスポーツが2022年に中国・杭州で開かれるアジア競技大会の正式種目に採用されたことも追い風となった。

成長に期待感

会計大手プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が昨年発表したリポートによると、香港のビデオゲーム市場は21年に10億米ドル(約1,094億円)へ到達する見通し。16年の市場規模(7億4,200万米ドル)から約35%増となる計算だ。

香港では現在、総額数十万HKドル(10万HKドル=約139万円)規模の賞金を出すeスポーツ大会もある。官民双方からの後押しに伴い、香港がハブとして機能すれば、さらに多くのヒトとカネを呼び込むことになる。

「eスポーツを商機と捉える動きは向こう数年続き、大手をはじめとする企業からの投資は爆発的に増えるはずだ」。CGAの周氏は近い未来をこう見通す。

英皇集団が人材養成機関

eスポーツ市場が急拡大するのに合わせ、香港の大手企業が商機をつかもうと動き出している。コングロマリット(複合企業)の英皇集団(エンペラー・グループ)は17年9月、eスポーツ事業に特化した新会社、英皇電競を設立。事業の一環としてeスポーツ人材を育てる教育機関「電競学院」を設置する計画だ。

英皇電競によると、電競学院ではゲームのプレー方法を教えるのではなく、eスポーツ業界を支える人材を育成する。大会の開催方法やマーケティング、プロeスポーツチームの管理などを学術的に教え、eスポーツ大会の実況人員・司会も育てる。eスポーツの先進国である韓国から学ぶため、韓国語の科目を組み入れることも特徴。ゲーム開発も視野に入れる。

専用会場で熱戦

香港で最初の専用会場を開いたのは香港企業のMTゲーマーだ。同社は17年7月、九龍・観塘の工業ビルに「MTゲーマー・eスポーツ・スタジアム」を開設した。約3,000平方フィート(約280平方メートル)の面積に、選手が対戦するパソコン設備やDJスペースを設け、対戦のもようを映す巨大スクリーンの前には100人収容の観客席を設置した。

MTゲーマーは毎週eスポーツ大会を開催しており、17年下半期(7~12月)に開いたオンライン、オフラインを合わせた大会の数は500を超える。会場を使うのは域内外の大手企業がスポンサーを務める大規模な大会がメインだ。

一般的なスポーツ大会と同じように、MTゲーマーが得る収入は大会開催を巡るスポンサーからの収入と広告収入が主体。スポンサーが大会賞金を用意することもある。

大規模なeスポーツ大会の視聴者数は、米プロバスケットボールのNBAファイナルを上回る

MTゲーマーの創業者、黄家正(ウィリアム・ウォン)CEOは大会開催に手応えを感じている。一つの例として挙げたのは自社のゲームプラットフォームで開催したサッカーゲーム大会。「広告を打たずサイト上で募集を掛けただけなのに、参戦希望者は定員の3倍に達した。eスポーツ大会に参加したいゲーマーは非常に多い」と実感を込めて話す。

「アジアで最も権威のあるeスポーツプラットフォームになりたい。アジアeスポーツ業界のNBAを目指す」。黄CEOは静かな口調ながらも明確にこう言い切った。

香港政府も積極的な対応に乗り出し、今年2月には香港島南部に位置する情報・ハイテク産業基地の「サイバーポート(数碼港)」にeスポーツ会場を設置することを決めた。今秋にも完成するとみられ、500の観客席を持つ香港最大の会場となる見通しだ。人材育成にも資金を投じる。

PwCは、香港について「東西の文化が交わる場所という位置付けがあり、国際的なイベントを開催するノウハウもある。通信インフラは完備され、交通の利便性もある」ことを挙げ、eスポーツのアジアハブになる条件を持つと指摘。本土に近い地の利も生かせば、香港がeスポーツ市場で相応の存在感を示すことになるとの見方だ。


【取材後記】
香港のeスポーツ市場はまさに立ち上がったばかりで、香港市民の認知度もまだ高くないのが現状だ。ただ、昨年からメディアへの露出が増え、eスポーツ関連イベントが増えつつあるのも事実。官民が市場の開拓に向けて力を入れる中、人材の育成とノウハウの蓄積が進めば、アジアのeスポーツハブに成長する可能性もありそうだ

エレクトロニック・スポーツ(eスポーツ)

複数のプレーヤーで対戦するサッカーや格闘、射撃などのコンピューターゲームを、スポーツ・競技として捉える際の名称。eスポーツ先進国の米国や韓国では億円単位の賞金が出るゲーム大会も多く、プレーヤーが職業として定着している。日本では今年2月、eスポーツにプロ制度を確立しようと、新たな国内団体「日本eスポーツ連合」が発足した。

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