NNAカンパサール

アジア経済を視る March, 2018, No.38

【アジア取材ノート】

島民と「共生」、シアヌークビル州沖合の
リゾート開発

カンボジア

カンボジア南部シアヌークビル州の沖合の群島地域で、高級リゾートホテルの開発が進んでいる。先陣を切って2012年に開業したソンサー・プライベート・アイランドは欧米人を中心に人気が集中。事業は黒字化し、従業員が多く住む付近の島の学校運営なども支援し「共生」を図っている。18年は世界大手シックスセンシズホテル・リゾート・スパなどの開業も見込まれている。リゾート開発の現場を追った。
(竹内悠=取材・写真)

海に囲まれたソンサー・プライベート・アイランド。宿泊客を見送るスタッフ=オーウェン島(NNA撮影)

海に囲まれたソンサー・プライベート・アイランド。宿泊客を見送るスタッフ=オーウェン島(NNA撮影)

シアヌークビル本土の港からスピードボートで約40分。2つの小島から成るソンサーが姿を現す。船着き場で出迎えた複数のスタッフが、宿泊客1組ずつを丁寧に接客していた。

「宿泊客は非日常の体験や価値を求めて来る。スタッフ全員がそれを最大限に理解してサービスを提供することに努めている」。カレン・メリック総支配人は、ソンサーの強みを説明する。

ソンサーはシアヌークビル本土から北西約30キロメートルに位置し、オーウェン島とボン島の2島にまたがる。敷地面積は7ヘクタールで、投資額は3,000万米ドル(約33億円)。付近の島から建設資材を調達するなど、環境保護にも力を入れている。

客室は水上コテージやジャングルビラなど計27室あり、客室稼働率は平均で50~55%。1泊当たりの宿泊料は約1,300米ドルからと高く、ハネムーンや長期休暇で特別な体験を求める客が大半を占める。1度きりの宿泊客が多いが、リピート率は約10%まで上昇している。一方、日本人への知名度はまだ低く、年間でも宿泊者は数えるほどしかない。

「日本人にとってリゾートといえば、日本から直行便があるモルディブ。タイも人気だろう。ただ、欧米人にとって、知名度はあまり関係ない。宿泊料の高さや他のリゾート地との比較というよりも、『そこにしかない特別感』を求める」と同総支配人。

「そもそも(1泊10万円を超える)高級リゾートはどれも個性的なので、競争になることは少ない」との認識だ。

1.5万ドルで島購入

ソンサーの始まりは06年にさかのぼる。広告代理店で働いていた米国人のローリー・ハンター氏とインテリアデザイナーだった英国人のメリタ・コールマンダス・ハンター氏は、シアヌークビル沖合を巡る旅に出た。ロン島の先住民に出会い、意気投合。付近の小島をわずか1万5,000米ドルで買わないかと打診を受けた。

当初は疑念を持ったが、カンボジア政府も交えて正式に契約を交わした。その後は政府の協力を得てロン島周辺に海洋生物保護区を設け、面積は200平方キロメートルにまで広がった。モナコ公国の大公アルベール2世などが賛同して支援した。

ソンサー・プライベート・アイランドのプライベートビーチ=オーウェン島(NNA撮影)

美しいサンセットが望めるソンサー・プライベート・アイランドのレストラン=オーウェン島(NNA撮影)

リゾート開発では政府と3年間協議し、環境保護や地元民の生活向上を目指すことをコンセプトにした。08年の世界的な金融危機で資金繰りが悪化したこともあったが、12年に開業にこぎつけた。

現在は、香港に本社機能のソンサー・コレクティブ、カンボジアにホテル運営のソンサー・プライベート・アイランド、環境保護や教育支援のソンサー・ファンデーションを設立し、一体的に事業を展開している。

学校・飲料水を支援

簡易ろ過装置で飲料水をくむ村人=ロン島(NNA撮影)

ソンサー・プライベート・アイランドは開業5年で事業が黒字化した。その背景には付近の島民との共生を図る事業モデルがある。

従業員約150人のうち、多くは付近のロン島出身者。ロン島は欧米人バックパッカーに人気の島だが、開発されているのは南部の一部にとどまる。島内には5つの村があり、約3,000人の地元民が住んでいる。

中でも大きいのがプレックスバイ村で村民は約800人。島内では最も発展しているが、約10年前は学校も飲料水もなかった。大病すれば、木造ボートで本土まで約2時間かけて行かなければならない状況は今も変わっていない。

ローリー・ハンター氏は、現状を考慮して村での小中学校の運営を支援。いまでは村民の約200人が学ぶ規模になった。本土から遠く離れた島で教員の確保も難しかったが、カンボジア政府が特別手当を出すなどして教員も派遣した。

飲料水も確保した。これまでは雨水や井戸の水をそのまま飲んでいたため、病気になる村民も少なくなかった。ソンサーは昨年、プレックスバイ村の全家庭に簡易のろ過装置を無償で配り、生活の改善を図っている。

「これまでは井戸水を沸かす手間がかかり、沸かすことで味も損なわれていたので便利になった。特に猛暑期は重宝しそうだ」。住民のセム・タイさん(45)は笑顔で答える。

政府も海洋資源保護

舗装道路はなく、簡素な建物が並ぶプレックスバイ村=ロン島(NNA撮影)

シアヌークビルの沖合には100を超える小島があるといわれる。これまではソンサー以外の高級リゾートホテルはなかったが、ここにきてリゾート開発が進み始めている。

世界規模でリゾート開発を手掛けるシックスセンシズホテル・リゾート・スパは、18年にホテルを開業する見通しだ。アマンリゾーツも「アマンサラ」の開発を計画しているという。

ソンサーのメリック総支配人は「高級リゾートの開発業者が増えれば注目度が高まるため、悪いことではない」と指摘する。持続的な発展に重要なのは、現地住民との共生や自然環境の保護とも強調する。

カンボジア政府も、シアヌークビル州とコッコン州の沖合に位置する群島地域の海洋資源保護に力を入れている。2月上旬、ロン島周辺などを国立海洋公園に指定すると発表。地元民の生活や自然環境の保護を強化していく方針を示した。これまでは海洋資源管理海域(MFMA)に指定していたが、管理団体に土地の保護権限が与えられていなかった。

人口や貿易の規模が小さいカンボジアにとって、観光は大きな収入源。ソンサーは世界遺産アンコール遺跡郡がある北西部シエムレアプ州でも新規事業を手掛ける計画だ。ソンサーの取り組みは、地域密着型で進める事業の手本になっている。

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