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【トップは語る】ジェイティービー代表取締役社長 髙橋広行

2014年の旅行市場は国内旅行と訪日インバウンドが好調に推移しましたが、海外旅行は円安やテロの影響もあって苦戦。海外の落ち込みを国内がカバーした形です。業績に大きく貢献したのは法人需要です。アベノミクス効果もあって、大型インセンティブ旅行が国内外を問わず増えました。個人客も活発です。私どもの主力の熟年層は海外から国内へと顕著にシフトしています。旅行離れと言われた若年層も動き出しました。

Photo by Tadashi Kumagai

国内旅行の人気はとにかく北陸です。弊社の首都圏からのお客様は前年比400パーセントを超えています。金沢に行ってみると訪日客が押しかけていました。あるテレビ番組が街頭で取材したところ、26カ国もの人々がいたそうです。

訪日インバウンドは最大の経営課題の1つに位置付けています。ひと口に国内旅行と言っても日本人の旅行と外国人の旅行があるわけで、インバウンドは第2の国内市場。日本人の市場は将来的に人口減となるのが見えていますから、インバウンドをどう強化するか。

インバウンド市場に占めるJTBグループのシェアは現在10パーセント強。これを可能な限り早く20パーセントほどにしようと進めているところです。

今年の訪日客は1,800万人を超えると見込まれています。すでに東京や京都は時期によって大変混雑しています。インバウンドの活況も販売が伸びる一方で、ホテルや旅館の不足が顕在化しています。これにより出張も日帰りが増えています。2,000万人ともなれば、さらにその傾向は強まります。

ですから、これからのインバウンドは、地域や時期をどう分散していくかが重要。地方観光が活性化すれば集中を緩和できるし、それをしない限り2,000万人、3,000万人の達成はありえません。北陸に続く第2、第3のゴールデンルートを開発するのがわれわれの役割です。

宿泊不足と言いましたが、日本の旅行会社は仕入れ環境の大きな転換期を迎えています。インバウンドの集中と海外のグローバルOTA(オンライン旅行会社)の進出などにより、従来の仕入れが通用しなくなってきている。

ホテルの部屋は買い取りや販売保証などの手法を駆使してでも確保する。飛行機の座席が取れなければチャーターして座席を買い取り、それをどう活用するのかという戦略が必要。自らリスクを取る仕入れをしなければ、立ち行かなくなる時代が来ています。

■未成熟だから魅力的

経済成長とともに世界的に増大するアジア人の海外旅行だが、市場も業界もまだまだ未成熟な状況だ。髙橋社長は、そこが魅力的とも語る。アジア人が評価する日系旅行会社の強みとは何か。

世界的な人流の拡大をけん引しているのはアジア人の海外旅行です。訪日客の8割はアジアからのお客様。これからはアジアの人流をどう捉えるかが最大のテーマとなります。

幸い、JTBは海外35カ国に500カ所以上の拠点を持っています(表)。自前の店舗網に加えて現地の旅行会社と提携し、アジア全域の拠点から送り出したお客様を日本で受け入れる流れを作っています。

アジア市場が難しいのは、国民性も言語も宗教も全て違っていてニーズが多様なことです。「これは売れるだろう」と、プロダクトアウト的な発想ではピントのずれた商品になってしまう。現地の旅行会社の意見を聞き、ニーズに合った商品を販売することが大切です。

シンガポール、香港、台湾あたりは市場も成熟していますが、アジア全体の旅行業界はまだまだ発展途上です。それだけに魅力を感じています。市場は熟していないし、旅行業法や業界ルールも未整備。コースや食事メニューが詳しく載っている日本のようなパンフレットも基本的にありません。「日本3泊4日○○元」というような、大ざっぱな1色刷りのチラシが普通です。商品内容とか販売ツールもまだこれから。

■「15分早く」が大反響

JTBは中国において日本の旅行会社として唯一、中国人の海外旅行を取り扱う資格を与えられています。これは世界でも3社のみ。中国の国家旅遊局(日本の観光庁に相当)からは「本当に質の良い海外旅行、日本の良さが十分盛り込まれた商品を提供してほしい」と、はっきり言われています。

中国からの訪日客が注目されていますが、日本の旅行会社が扱う割合は非常に少ない。日本にある中国系の旅行会社による買い物中心の安いツアーが多いのが実態です。

せっかく来てもビジネスホテルに泊まり、毎日買い物に時間を割いて帰ってしまう。旅館も温泉も経験せずに、食事はバイキングばかりで日本食もほとんど食べていない、という不満の声が中国の方々から聞かれることも多いようです。

訪日客全てを取り込むのは無理ですが、われわれは低価格志向の層ではなく、富裕層の個人旅行を取り込む戦略を進めています。それにはBtoCのためのウェブ戦略と、現地の富裕層を扱う会社との提携が必要になる。

例えば、銀聯カードを扱う銀行やデパートなどの流通業、あるいは航空会社といった、富裕層を顧客とする業界とのタイアップを準備しています。

アジアのお客様のリピートにつながるのは差別化プランです。JTBは大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)と特別に契約し、弊社のお客様だけが開園時間より15分早く入場できる特典を付けています。

訪日客は限られた時間の中でアトラクションに何時間も並べませんが、これなら早く入園して乗れると、すごい反響があります。こういうオリジナル商品をどれくらい作れるか。

■2020年にアジアNo.1

ある調査によるとJTBは世界の旅行会社で第7位の規模だという※。今後、2020年にアジアで圧倒的No.1のポジションを確立するという目標を掲げる。同時に、従来の旅行業の概念を超えた、新たな事業展開も模索している。 ※2013年度の取扱額、ユーロモニター調べ

グローバル戦略は、海外の現地国におけるアウトバウンドとインバウンド、日本人のインハウス(従来の海外旅行)、この3つの事業を中心に組み立てようというのが今の方針です。

日本国内が不景気だったり、東日本大震災のような災害などの要因で不振となっても、同じような事業をアジア各国で立ち上げておく。これまでは日本人のインハウス事業が収益の柱でしたが、ここ数年の頑張りで半々の割合になりました。

これまで、われわれの事業は日本人が外国に出て、外国人が日本に来るという双方向の「日本発・日本着」でしたが、それだけではもう展望は開けない。これからは、まず「アジア発・アジア着」です。

例えば、バンコクの拠点がタイのお客様を国外に送り出すと同時に、タイの魅力を商品化して全世界からタイに呼び込む。ゆくゆくはこの双方の流れを世界中で進める「世界発・世界着」という構想を持っています。

2020年の段階で取扱高2兆円、営業利益400億、全事業の利益の約25%はグローバル事業で確保するのが目標です。その主戦場は何といってもアジア。経営資源をアジアに集中投下する方針で、積極的にM&Aを進めています。

最近は、富裕層に強いシンガポールのダイナスティ・トラベル・インターナショナル社を買収したり、韓国でロッテグループと合弁会社の立ち上げなどを行っています。M&Aでは、JTBブランドへの同化政策は行いません。合弁は社名が入りますが、ダイナスティをJTBダイナスティとはしません。元のブランドが浸透していますから、そのまま活用する。

JTBは売り上げ規模や数値の上では、すでにアジアのナンバーワンになっています。しかし、JTBというブランドがどれだけ浸透したかといえば、アジアではまだまだ知られていません。ブランドを構築し、名実ともにナンバーワンになろうという思いを込めて、われわれは「圧倒的No.1」を目指すと言っています。

■旅行業から「交流文化事業」へ

今後、もう一つ重要なのが事業開発。われわれの中核事業はあくまでも旅行ですが、旅行で培ったノウハウ、経験、人脈を利用して周辺ビジネスも行う。

実は事業ドメインを“旅行業”から“交流文化事業”へと変更しました。「JTBは文化事業かメセナ(芸術文化の支援)を始めるんですか?」などと聞かれますが、そういうことではなく旅行業も交流の一種であり、人や物が動いて交流を生み出すことによってビジネスチャンスを広げるという考え方です。

例えば、国が進める地方創生の一環として全国150近い自治体で行っている「ふるさと商品券・旅行券」という事業のお手伝いを弊社がしております。

ふるさと商品券は人や物が動くことでビジネスが生じます。こういうことも含め、交流文化事業として取り組んでいく考えです。

旅行業は中核事業として今後もしっかりやっていきますが、訪日インバウンドが有望とはいえ国内マーケットに固執してはシュリンクするのが目に見えています。われわれの事業領域を広げるため、グローバル事業に打って出るとともに、新たな交流文化事業も進めていこうという考え方です。(聞き手・岡下貴寛)

【プロフィール】
髙橋広行(たかはし・ひろゆき)
1957年生まれ、58歳。関西学院大学法学部卒業後、日本交通公社(現JTB)入社。広島支店長、JTB中国四国常務、JTB常務、JTB西日本社長などを経て2014年より現職。経営者としてのタイプは「石橋を叩いて渡る慎重な半面、勝負に出る時は出る」(髙橋氏)。座右の銘は「着眼大局、着手小局」

カンパサール本紙を読む(2015年10月号より抜粋)

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