アジア通

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【アジア取材ノート】インドの新幹線採用 課題山積み

2016年12月号

一番安い3等列車のドアに殺到する乗客たち(筆者撮影)

インドで2023年、日本の新幹線方式を採用する初の高速鉄道が開業する。先ごろ日本を訪問したインドのモディ首相が安倍首相とともに新幹線の車両工場を視察するなど、少しずつ準備を進めている。ただ、着工に向けては課題が山積みだ。この国家事業を成功させるには、日印両政府が意見を集約し、インドに合ったシステムの導入が鍵になる。
中村聡也=文

出所:国土交通省

現状のインド国鉄は客車と貨物列車が線路を共有しているため、遅延も日常茶飯事だ。インド政府はこうした問題の解決を図るため、貨物専用鉄道の建設や鉄道高速化の計画を進めている。うち鉄道の高速化では、デリー首都圏とムンバイ、チェンナイ、コルカタの4大都市を結ぶ構想を公約で掲げている。

所要時間4分の1に短縮へ

インドで新幹線方式の採用が決まったのは、15年12月だった。西部マハラシュトラ州ムンバイ〜グジャラート州アーメダバード間の約505キロメートルで、2018年に着工、23年の開業を目指す。

開通すれば、営業最高速度が時速320キロの列車が走ることになる。車両は10両編成で、定員は750〜820人。所要時間は現行の約8時間から2時間と4分の1に短縮する見込みだ。運賃は既存路線の最高クラスであるエアコン付き1等の1.5倍程度を想定する。既存路線は現在、同クラスを1座席当たり約2,000ルピー(約3,300円)で販売している。

高速鉄道の事業費は約9,800億ルピーで、日本は円借款で全体の81%を賄う考えを示している。

今年11月には来日したインドのモディ首相が安倍晋三首相と、新幹線の車両を製造している川崎重工業の兵庫工場(神戸市)を訪問。安倍首相は自らトップセールスに努め、日本の新幹線の技術をPRするとともに、インドで計画される残りの6路線にも新幹線方式を導入するよう呼びかけた。

早く着工したい

2015年10月にJR東日本がデリーで展示した新幹線のシミュレーター(NNA撮影)

日本政府関係者は「インド政府は早く着工させたがっている」と話す。モディ政権としては、国家プロジェクトである高速鉄道について、目に見える成果を早期に示したいという思惑がある。モディ首相はグジャラート州出身で、州首相を務めた経歴も持つ。

しかし、着工までには解決すべき課題が多い。土地の収用は完了しておらず、具体的なルートは議論が進められている段階という。

駅舎の設置場所についても、日印で考え方が違う。日本では、駅が都市開発の中核を担う。鉄道会社は駅周辺で土地開発を進め、不動産賃料などで多角的に収益を得る。

対照的に、インドでは駅舎は貧困層を引き寄せる施設と見られている。実際、国鉄の駅は客車を待つ乗客以外にも、住居を持たない人の寝床になっているのが実情だ。このため、駅を中心とした都市開発という考えに乏しい。駅舎をどこに設置するか、意見を調整する必要がある。

安全・強度対策も議論の的に

安全対策も議題に挙がる。日本の新幹線では高架区間を設けたり、ホームや線路上に柵を設置したりすることで、人や動物の進入を防いでいる。インドでは広大な土地に線路が敷かれている区間があり、現在でも人や動物が平気で線路を横切る。インド政府はムンバイ〜アーメダバード間を全線高架橋として建設する必要性を説いている。

運行管理体制も同様だ。日本の新幹線は専用線でダイヤが集中管理されており、踏切をなくすことで高速運転と高い定時運行率を実現している。インドが日本のノウハウをどう生かすかも事業の成功の鍵だ。両国政府は人材育成でも協力し、今後はインド国鉄の若手職員の日本への派遣なども予定している。

また、ムンバイ〜アーメダバード間には一部で「ブラック・コットン・ソイル」と呼ばれる日本にはない土壌があり、強度対策も焦点の一つだ。綿花の栽培に適したこの土壌は軟らかく、雨が降り続けると崩れやすいとされる。

点と点を線で結ぶ

インド国鉄の列車(NNA撮影)

一方で、高速鉄道に関する期待は依然として高い。国際協力機構(JICA)の関係者は、「優位性は、点と点を線で結べること」と強調する。

インド有数の工業・サービス産業の集積地であるムンバイ〜アーメダバード間の沿線都市人口は約3,430万人。ほぼ同距離の東京〜大阪間の2,053万人に比べて1.7倍も多い。特に、ムンバイは人口が約1,200万人とインド最大の都市で、アーメダバードもグジャラート州で最大の規模だ。

同関係者は「飛行機は2都市を点と点でしか結べないが、高速鉄道は、沿線地域の開発に道を開く」と指摘。「地域経済のダイナミズムを生み出す原動力になる」と力を込める。

インド国鉄は社会の縮図

目的の列車が到着するまで国鉄の駅舎の床で横になる人(筆者撮影)

目的の列車を待つため、新聞紙を敷いてホームに横になる人。日銭を稼ごうと、チャイや菓子などを売り歩く物売りたち。スーツ姿の男性もいれば、大量の荷物を抱えた家族連れもいる。

駅にいるのは人間だけではない。線路に投げ捨てられた残飯をあさるのは野良犬たちだ。我が物顔で牛がホームを歩くときもある。

国鉄は、インドの社会を映し出す舞台装置だ。列車の到着・出発時は、雑然とした雰囲気に、さらに拍車がかかる。最安値の3等車両では、下車する乗客に関係なく、座席を確保するため、新たな乗客たちが1つのドアに殺到する。ホームでは、活躍の場を与えられた赤いシャツを着たポーターたちが、人混みをかき分けて頭の上に担いだ顧客のスーツケースを運んでいる。指定席のエアコン付き車両は、全くの別世界。食事のサービスや白いシーツと枕の提供が受けられる路線もある。

100年以上の歴史を持つ国鉄はいま、高速鉄道の導入を前に変革の時を迎えている。家を持たない人の寝床でもある駅舎も既に生まれ変わりつつあり、ムンバイ駅などではWiFi(ワイファイ)が導入されている。ホームにエアコン付きの清潔なレストランが併設される駅も出てきた。

年間80億人以上が利用する国鉄。人間と動物が繰り広げてきた悲喜こもごもの物語は、遠い未来では最新技術と設備が備わった舞台の上で描かれているのかもしれない。

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