ベトナム・インドシナ 2010年8月3日(火曜日)
タンロン城址が世界遺産に:ユネスコが公認[社会]
ブラジルの首都ブラジリアで7月25日〜8月3日に開催された国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第34回世界遺産委員会で、ハノイ市バディン区のタンロン城址(じょうし)が、ユネスコ世界文化遺産として公認された。
タンロン城址のある地域には、7世紀に中国の統治拠点が築かれた。ベトナムが10世紀半ばに独立し、まもなく初の長期民族王朝となる李(リ)朝(1009〜1225年)が成立すると、1010年に現ハノイの地がタンロン(昇龍)と命名されて都に定められ、城址のある地域に初めて王宮が建設された。その後も、陳(チャン)朝(1225〜1400年)や黎(レ)朝(1428〜1789年)の時代にも、同地域に王宮が建設された。
李朝がタンロンを都に定めてから今年が千年目に当たることから、ハノイ市では今年、各種の建都千年行事が実行されている。
■地上の史跡は新しい
城址内の地上に残る史跡の多くは19世紀に建てられたもので、比較的新しい。城址の南端にある旗台(コットコー)は1802年の完成。北端に残る北門(クアバック)も1805年の完成だ。城址内の後楼(ハウラウ)も1821年に建設されたもので、わずか10年前に大改修されている。
19世紀は、阮(グエン)朝(1802〜1945年)の時代であり、都はすでにフエ(中部トゥアティエンフエ省)に移り、タンロン城は、ハノイにおける阮朝の統治拠点として使われていた。
それ以前の李朝〜黎朝期のタンロン王宮はすでに失われているが、近年、建材、陶器、装飾品などの遺物や遺構が、城址内の地中から発掘されている。
2日付ハノイ市人民委員会公式サイトなどによると、今回のタンロン城址の世界遺産公認では、◇文化的な歴史の長さ◇政治の中心地だった期間が長いこと◇多様な遺物が発掘されていること――の3点が公認の理由として挙げられた。
■900番目の世界遺産
タンロン城址は、ユネスコ世界遺産(文化遺産、自然遺産、文化・自然複合遺産)としては900番目の公認遺跡となる。国内には、これまでに公認された文化遺産3カ所(フエの建造物群、ホイアンの古い町並み、ミーソン聖域)と自然遺産2カ所(ハロン湾、フォンニャ・ケバン国立公園)があり、タンロン城址とこれらを合わせて、ベトナム国内の世界遺産は6カ所になる。
ベトナムがタンロン城址を世界遺産候補としてユネスコに申請したのは昨年1月。今回の委員会では、21カ国の代表委員のうち、18カ国が城址の遺産公認に賛成した。
今回ブラジリアでの委員会は現地時間の31日から8月1日にかけ、タンロン城址を含む15カ所を、新たに世界遺産として公認した。この中には、インド・ジャイプールのジャンタルマンタル天文台や冷戦時代に米国が核実験を行ったマーシャル諸島のビキニ環礁なども含まれる。(岡和明)